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最新記事一覧
| 発行日時 | パイプ名 | 見出し |
|---|---|---|
| 2010-3-12 2:30 |
西蔵坊だより
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世間のことを少々
世俗に生きているので、なんとなく気になっている世間のことにちょっと口出し。<br/>
<br/> <center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201003/12/88/b0029488_1445456.jpg" border="0" width="240" height="195"/></center>Sophia's first newspaper experienceby Cheryl Harvey<br/> <br/> <br/> マスコミのバンクーバーオリンピックの報道姿勢ににうんざりしていたこともあり、納得して読んでしまった記事。<br/> <br/> <br/> 【“検察の正義”に委ねていいのか? 元検事、元司法記者が語る、小沢捜査の裏側】 <br/> 民主党の小沢一郎幹事長をめぐる政治資金規正法違反事件で、検察は小沢氏の秘書ら3人を起訴し、小沢氏自身は不起訴とする方針を固めた。なぜ小沢氏への捜査が行われ、なぜ不起訴という結論に至ったのか。元司法記者の魚住昭氏と元検事の郷原信郎氏がその背景を語った。 ITmediaより<br/> <br/> <br/> マスコミ、だいじょうぶかなあ。扇動されるボクたちも問題ですが・・・。<br/> <br/> <br/> <br/> <br/> 【 1年前の今日のblog 】<br/> 【 2年前の今日のblog 】<br/> 【 3年前の今日のblog 】<br/> 【 4年前の今日のblog 】<br/> 【 5年前の今日のblog 】<br/> <br/> <br/> |
| 2010-3-12 0:25 |
西蔵坊だより
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4人のお客さん
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201003/12/88/b0029488_0253711.jpg" border="0" width="420" height="330"/></center><br/>
<br/> お客さんが来てみえるのですぐ帰ってきてほしいという留守番の長男からの電話。<br/> <br/> すぐ帰ってきてほしいと言われても、予定通りにしか帰ることはできないわけで、そのことを伝え、お客さんには少し待ってもらうことに。<br/> <br/> 本堂にTさんとはじめて会う方が3人待っていらっしました。ストーブを囲んでお話を伺おうとしているところに、なんと、たどたどしく長男がコーヒーを持ってきてくれました。<br/> <br/> ソーサーなしのカップだけだったので、「こどもが入れたものですが・・・」と言い訳を言うと、すかさず「ちゃんとドリップして入れたのでおいしいと思うよ・・・」と長男。<br/> <br/> 確かにいい香りがしていました。内心、よくお接待してくださいましたと・・・。<br/> <br/> <br/> さて、お話しを聞くと、Xさんが門徒になりたいということでした。Tさん以外は、はじめてお会いする方なので、まずご関係を尋ねました。<br/> <br/> 門徒になりたいというXさんの嫁いだ娘さんであるAさんが、叔母さんのBさんに相談し、Bさんが近所のCさんに相談し、Cさんから相談を受けたTさんが、Aさん・Bさん・Cさんといっしょに訪ねてくださったということでした。<br/> <br/> ご縁というのはこういうものなんですね。<br/> <br/> <br/> <br/> <br/> <br/> 【 1年前の今日のblog 】<br/> 【 2年前の今日のblog 】<br/> 【 3年前の今日のblog 】<br/> 【 4年前の今日のblog 】<br/> 【 5年前の今日のblog 】<br/> <br/> <br/> <br/> |
| 2010-3-11 9:33 |
真の知識にあうことは
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ご本願のお力だから
何も要らなかったというのは過去の体験のことではなくて、今と、これからのことです。
摂取不捨だから、変わらず捨てられることがありません。 どんな悪いことをしても構わないという横着者になるのではなくて、善も悪も付け足すものは何もいらないということです。 悩みや苦しみもなくならないままで、それがお慈悲のお目当てとは、なんと深くて広い世界なのだろうかと思います。広すぎて深すぎて、私には分かりようもないのが本当のところなのですが、よろこぶこころもいただいて、そんな心のない者が、不思議にお念仏させていただいています。 |
| 2010-3-11 0:57 |
西蔵坊だより
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日曜日のおまいり
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201003/11/88/b0029488_016197.gif" border="0" width="441" height="305"/></center><br/>
<br/> 日曜の夜。<br/> <br/> 7時T家。お父さんやお兄さんの帰りが遅いので、いつも20代の女の子ふたりとおまいり。若い女の子と話す数少ない機会なので、今回は、思い切って、彼氏はいるのかと聞いてみました。<br/> <br/> 今は仕事に夢中という返事。想定外でしたが、ならばと仕事の話を聞きました。<br/> <br/> その思いに、亡くなられたお母さんやおじいちゃんを思い起こしました。おまいりって不思議な空間だなと思います。<br/> <br/> <br/> 8時T家。高校生のHちゃんと今年成人式を迎えたTちゃんが、お仏間で待っていました。<br/> <br/> 「父も母も出かけています。」と。<br/> <br/> ふたりが手分けして、仏さまのお給仕とお接待。緊張しまくって。おそらく、お母さんから細かく指導されていたのだと思います。法事の仏間で、おろおろお荘厳をする世間のおとーさんと比べたら、ほんと凛々しい姿でした。<br/> <br/> Hちゃんの部活の話やTちゃんのセブ旅行の話で盛り上がって、長居してしまいました。<br/> <br/> 帰り際、もう真っ暗な家の外まで出て見送ってくださったふたり。おかあさんやおばあちゃんのすがたと重なりました。<br/> <br/> <br/> 昨日、講や地域共同体のなかで育まれる土徳のことを言って、その舌の根も乾かぬうちですが、家庭の中で、すがたで伝えたものも、またありがたいですね。<br/> <br/> <br/> <br/> <br/> <br/> 【 1年前の今日のblog 】<br/> 【 2年前の今日のblog 】<br/> 【 3年前の今日のblog 】<br/> 【 4年前の今日のblog 】<br/> 【 5年前の今日のblog 】<br/> <br/> <br/> |
| 2010-3-10 21:40 |
混沌の時代のなかで、真実の光を求めて
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始プルサーマル:伊方原発・残る課題/中 交付金総額60億円
<div class='wiki'>
<b>=== 始プルサーマル:伊方原発・残る課題/中 === 交付金総額60億円</b> <br /> /愛媛 <a href="http://mainichi.jp/area/ehime/news/20100304ddlk38040586000c.html" target="_blank">毎日新聞 2010年3月4日</a><br /> </div> <br /> <div class='wiki'> <b>◇ 財政難自治体に“恩恵” 医療や防災事業整備に</b><br /> 先月26日、四国電力伊方原発3号機(伊方町)のプルサーマル実施に伴う、国からの総額<br /> 60億円の<a href="http://www.pref.ehime.jp/h30180/1191654_2241.html" target="_blank">核燃料サイクル交付金</a>が 県と伊方町、八幡浜市に 10年度から5年間で交付され<br /> ることが正式に決まった。 県は、配分する金額を 県と伊方町は 各26億7000万円、<br /> 八幡浜市に 6億6000万円とすることを決定した。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> この交付金は プルサーマル実施を受け入れる原発が立地する県や市町村、隣接市町村が<br /> 対象で、借金の返済や役所庁舎の建て替えなどを除き、幅広く使える。使い勝手が良く高額で、<br /> 「アメ」的性格が強いとの指摘もある。 交付が認められるには、県が 経済産業省に地域振興<br /> 計画を提出する必要があり、県は 八幡浜市立八幡浜総合病院や県立中央病院(松山市)の<br /> 整備などの事業計画をまとめた。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 八幡浜市は 原発事故による初期被曝の治療を視野に入れた 市立八幡浜総合病院の<br /> 医療機器整備費に 丸々投入する予定だ。 同病院は 建て替えが計画され 総事業費は<br /> 約100億円を見込んでいるが、財源となる国の地域医療再生基金からの交付金が 09年度<br /> 補正予算の執行停止のあおりで 予想の100億円規模から25億円に激減。そこに現れたのが<br /> この交付金の配分だ。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 同市は、市が旧保内町と合併した 05年度以降、原発関連で毎年受ける交付金は 最高で<br /> 年間6000万円。今回の交付金は財政難の市にとって、貴重な財源となる。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 医師確保を公約に 昨年4月の同市長選で 前市長を破って就任した大城一郎市長は<br /> 「 最低限の医療設備があることが医師誘致の武器になる 」と医療に使う意義を強調する一方<br /> で、プルサーマル実施と引き換えになることについては、「 核燃料サイクルは 国策で、<br /> しょうがない 」と語った。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 伊方町では、交付金を以前から整備が決まっていた防災行政無線や避難道路などの整備を<br /> 前倒しして実施する費用に充てる。 山下和彦町長は、「 原発稼働から30年。公共設備の<br /> 整備も進み、ハコモノを作る時代は終わった 」と述べ、元々は 防災行政無線整備などに<br /> 充てる予定だった予算を漁港の製氷施設など 住民の産業振興のために使うという。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 同交付金の起源は、先行の東京、関西両電力が トラブル隠しなどで 実施のめどが立たなく<br /> なったことを受け、<a href="http://www.meti.go.jp/gather/downloadfiles/g50909a04j.pdf" target="_blank">06年度に急きょ新設された</a>。 国の原子力政策大綱策定の委員を務めた<br /> 原子力資料情報室の伴英幸共同代表は、「 存在が二転三転した、非常に恣意的に使われる<br /> 交付金だ。 <tt>自治体にとって 麻薬のような効果になる原発関連の交付金</tt>は 全廃すべきでは<br /> ないか 」と批判する。 <br /> ※ <a href="http://shippai.jst.go.jp/fkd/Detail?fn=0&id=CB0011024" target="_blank">原子力発電所のトラブル隠し 2002年8月 福島県・新潟県</a><br /> しかし、政権交代後も状況は変わらない。 同交付金は 08年度末で 申請の期限が切れたが、<br /> 電気事業連合会が目標としていた 10年度末までに 全国16~18機のプルサーマル導入の<br /> 目標達成が頓挫したため、未申請の自治体に別の特別交付金という形で 10年度に「復活」<br /> することになった。その経緯について、経済産業省は「 今年7月末までに申請すれば 都道府県<br /> ごとに30億円、10年度末で25億円。その後は1年ごとに5億円ずつ減る。(「復活」の理由は)<br /> 自治体からの要望だ 」と説明した。【栗田亨】<br /> </div> <br /> <br /> <br /> <br /> <div class='wiki'> ■ <a href="http://blogs.yahoo.co.jp/kyomutekisonzairon/63072111.html" target="_blank">中部電、浜岡原発周辺市の病院整備費などを一部負担へ=プルサーマル計画実施で</a><br /> </div> <br /> <div class='wiki'> (つづく)<br /> </div> |
| 2010-3-10 8:54 |
真の知識にあうことは
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いろいろ誤解もありますね
阿弥陀さまから、と云いますと、何か音や声が聞こえるのだったり心に何かがが起こる神秘体験的なものを想像してしまう方もあるかもしれません。体験というのは、そういう出来事のあった過去のことではありません。
ですから聞くといいましても、分からなければ阿弥陀さまの18願のみ心をそのまま示してくだされる方から聞かせていただくより他にありません。それが知識と言われる方なのでしょう。有り難いことです。 でも知識や知識の言葉が救ってくださるのではありません。 その言葉によって何か今までわからなかったことが知らされた一念で私の心に変化が起こってそれまではなかった心の持ち主になって…と想像していたときもありましたが違います。 認めるとか判定とかは、できるようなものでもないと思います。それでいいんだとかそのままだ、というのはよく言われることでそのとおりですが、そういう意味ではないと思います。誰かにそう言われたからだとしたら、後からやっぱり違っていました、と言われたらどうなるのでしょう。人に教えてもらってつくったものでもないですし、その人の言葉にすがり続けるのも大変だと思います。 無量寿の仏さまとなって成就してくだされた、広大無辺の南無阿弥陀仏のお働きに絶えることはないんですね。 意味も無い話で申し訳ありません。お念仏だけでいいのに愚かな私です。 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏 |
| 2010-3-9 22:36 |
混沌の時代のなかで、真実の光を求めて
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六ヶ所再処理工場からの放出放射能が県民に与えるリスクを明らかにすることと
<div class='wiki'>
【 抄略転載 】 <br /> [ 賛同署名交通違反の現行犯逮捕不当 ] さんの示唆により作成。<br /> <a href="http://www.greenpeace.or.jp/campaign/nuclear/plutonium/rokkasho/200211aomorikentiji_html" target="_blank">六ヶ所村再処理工場</a><br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 青森県県知事<br /> 木村守男様 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> <div class='indent'> 2002年11月22日 <br /> <br /> </div> <b>六ヶ所再処理工場からの放出放射能が県民に与えるリスクを明らかにすることと、</b><br /> <b>再処理工場について独立機関による検査を求める要請書</b><br /> グリーンピース・ジャパン<br /> 核問題担当 鈴木かずえ<br /> グリーンピース・インターナショナル<br /> 核問題担当 ショーン・バーニー <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> グリーンピースは 11月15日~22日 フランスの民間放射線研究機関であるCRIIRAD<br /> 研究所とともに、六ヶ所村 及び八戸・弘前・青森市でのサンプリング調査を行いました。<br /> その目的は、独立の立場で六ヶ所村 及び青森県各地の現状の放射能汚染を調査するためです。 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> グリーンピースが 今回採取した六ヶ所村、弘前市、青森市の大気は、ベルギーのゲント大学<br /> に クリプトン85の濃度の分析を委託します。 今回 採取した大気のクリプトン85の濃度は<br /> バックグラウンドレベル(1.2ベクレル/立法メートル)程度であろうと予想されます。<br /> ( 現在地球上に存在するクリプトンのほとんどは 既存の再処理工場から放出されたもの )。 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> クリプトン85は ベータ線とガンマ線を放出しながら崩壊する気体です。半減期は10.8年。<br /> ガンマ線による全身被曝とベータ線が引き起す皮膚癌が懸念されます。また大変拡散しやすく、<br /> 放出されると、1年で北半球全体、2年で地球全体へと届くほどです。 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> グリーンピースが フランスのラ・アーグ再処理工場周辺で 1998年にサンプリング及び<br /> 分析した結果、クリプトン85の濃度は90,000ベクレル/m3でした。グリーンピースが <br /> この値を発表するまで、コジェマ社も フランス政府も 大気中のクリプトン濃度を公表して<br /> いませんでした( そのような秘密主義の会社に、日本原燃は技術支援をあおいでいます )。<br /> グリーンピースが値を発表した後になって、フランスの原子力安全機関であるIPSNは<br /> 再処理工場の地上から5km上空のクリプトンの濃度が 47000~300000ベクレル/m3の範囲<br /> であると発表しました。 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> グリーンピースは、再処理工場が予定通り本格稼動すれば、六ヶ所村のクリプトン85の濃度<br /> は バックグラウンドレベルの3万倍にも達しうると予想します。木村県知事は これを否定<br /> できますでしょうか。 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 現在、六ヶ所村の再処理工場のクリプトン放出管理目標値は 330,000テラベクレル/年と<br /> なっています。この数字は 英国核燃料会社BNFL社や仏核燃料公社コジェマ社の1999年<br /> 実放出量を上回るものであり、さらにアメリカやロシアの軍事用プルトニウム生産工場からの<br /> 放出量さえも上回る量です。クリプトン除去技術が存在するにも関わらず、その導入をしない<br /> 日本原燃には県民の安全を守るという意識はありません。 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 日本原燃は、当初、六ヶ所再処理工場にクリプトン処理装置を導入する予定でしたが、使用済み<br /> 核燃料中に含まれるクリプトン全量を大気中に垂れ流すことにしてしまいました。<br /> このような危険な放射性ガスを全量垂れ流しにすべきではありません。ちなみに2001年<br /> 1月22日付け英紙ザ・ガーディアンThe Guardianは、英国再処理工場事業者が、自社の立場が<br /> 悪くなるので、「 六ヶ所再処理工場にクリプトン除去装置を絶対導入しないよう、日本原燃に<br /> 促す 」といった策略を練っていた、と報じています。 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 木村知事は、六ヶ所再処理工場からのクリプトン85および その他の放射性物質についての<br /> 情報を、県民に与えるリスクと、その根拠も含めて公開すべきです。 青森県民の被曝による<br /> 健康被害を起こすリスク(集団線量)と その計算根拠を明らかにすべきです。 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 2002年11月11日、日本原燃は六ヶ所村の再処理工場の使用済み核燃料貯蔵プールの<br /> 水漏れの原因は溶接の「手抜き」であると発表しました。不正を行ったのは 元請け業者である<br /> 日立製作所の下請け業者だとされています。 日立製作所は、1991、92年に東京電力福島第一<br /> 原発1号機の格納容器機密試験のデータを偽装していたことが 今年になって明らかになって<br /> いますが、日立系列の会社は 過去にも、1998年に発覚した使用済み核燃料・MOX輸送容器の<br /> 品質管理データねつ造など、不正事件を幾度もおこしています。 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> この際、日立がかかわった全作業の検査を徹底的に行うべきです。また、日本原燃が こうした<br /> 不正を許してきた経緯を考えれば、設計段階にさかのぼっての再点検が必要です。<br /> 現在行われている化学試験を直ちに中止し、使用済み核燃料の受け入れを拒否し、まず、<br /> 使用済み核燃料プールについて、使用済み核燃料と水を抜いて、第3者的立場から点検を<br /> 行える独立の技術者を招いて、県として立ち入り調査をすべきです。 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 住民や県知事の拒否 及び電力会社の不正事件により 原発でのプルトニウム燃料の使用開始<br /> のめどはたっていません。プルトニウムを取り出す必要がないのに、再処理工場の建設を進めて<br /> いるのは、各電力会社および日本政府が、青森県を「使用済み核燃料置き場」と見ているから<br /> にほかなりません。 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 最後に、再度、ウラン試験によって工場が汚染される前に、再処理工場の建設を中止させる<br /> よう求めます。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> ※ <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%AB" target="_blank"><b>ベクレル</b></a>:1秒間に1つの原子核が崩壊して放射線を放つ放射能の量が1ベクレル。<br /> 例えば、370Bqの放射性セシウムは、毎秒毎に 370個の原子核が<br /> 崩壊して放射線を発している。<br /> 放射性物質が放つ放射線の強さは、放射能の量を表わすベクレル(Bq)<br /> とは異なる。また、同じベクレル数の放射能であっても、放射性物質の種類<br /> や測定点までの距離、間にある遮蔽物の効果に影響を受けるので、<br /> 放射線の強さは異なる。<br /> 放射線の強さの単位は グレイ(Gy)、また、人体を含む生体に与える影響<br /> も加味した放射線の強さの単位にはシーベルト(Sv)が使われる。 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> <br /> </div> <br /> <br /> <div class='wiki'> ■ <a href="http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=04-07-02-06" target="_blank">再処理の工程 気体廃棄物の処理</a> ATOMICA <br /> <br /> 回収されたクリプトンは 化学的に不活性な気体であり、これを安定化合物に変換し<br /> 固定化することが難しく、現状では、貯蔵法として一般ガスと同様にシリンダー充填方式<br /> が唯一の方法だ。貯蔵に関しては Kr-85は半減期が10.7年であるので、<br /> <tt>100~200年間ガス漏洩を防ぎ、安全貯蔵をしなければならない</tt>点に留意する<br /> 必要がある。安全貯蔵技術として クリプトンガスのゼオライトor金属格子への封入法<br /> の<a href="http://jolisfukyu.tokai-sc.jaea.go.jp/fukyu/gihou/pdf2/n17-04.pdf" target="_blank">技術開発も進められている。</a><br /> </div> <br /> <div class='wiki'> ■ <a href="http://cnic.jp/modules/radioactivity/index.php/7.html" target="_blank">原子力資料情報室(CNIC) - クリプトン85</a><br /> </div> <br /> <div class='wiki'> ■ <a href="http://www.hiro-t.com/gikai25.html" target="_blank">経済産業省原子力安全・保安院核燃料サイクル規制課石井康彦課長(参考人)に質問</a><br /> 岩手県議会 環境福祉常任委員会 2007年度<br /> 「 水俣病のとき、アスベストの問題も薬害の問題もそうでありますが、政府が安全だと<br /> 言っているからといって、必ずしも安全でなかった。 何というか 不信みたいなもの<br /> が、きょう来られている、傍聴されている方々の中にもあると思うのです。<br /> その意味で、私は <b>20世紀は 人の命よりも経済を優先させてきた世紀だ</b>と思います。<br /> 疑わしいかもしれないけれども、疑わしいとは 科学的に証明されたわけではないので、<br /> そのことが証明されるまで使ってしまえ ということで 経済的な動機が優先されて、<br /> その結果 各種公害も、それから人の生命や健康に大きな影響を与えてきたわけですが、<br /> この再処理工場の今の国の立場としては、やはり 経済を優先させるということで<br /> 政策判断をしているというふうに理解をしてよろしいのでしょうか。 」<br /> ・・・・<br /> ○石井康彦参考人 「 予防原則に立っているかどうかというのは、私コメントする<br /> ようなものではないと思いますけれども、一番大事なことは プルトニウムを扱う場合に<br /> 必要な対策を責任を持ってとっているかどうか。それがとれないものに対して 使うことは<br /> 認められないということは言うまでもないことですが、プルトニウムを使うことを前提に、<br /> これはある意味、政策的に、これは国のレベルで、法律の中でプルトニウムを使うことを、<br /> 条件をもって認めるという政策をとって 法律があるわけですから、<b>その条件を満たして</b><br /> <b>いる限り、我々行政庁としては、その条件を満たしているものは、これは認めざるを</b><br /> <b>得ない</b>。・・・<br /> それは 我々、これは 国に限らず地方自治体についても同様だと思いますが、<br /> <b>ある考え方をとって 法律ができて、それを執行する以上、その要件を満たしている</b><br /> <b>ものを認めるべきではないという立場には、我々は立ってはおりません。</b> 」<br /> ・・・・<br /> 「 <b>微量な放射線による影響は 科学的にはまだ分らない</b>・・・。<br /> <b>ゼロにはならないという立場で、どこまでなら許容できるかという議論をしてできた </b><br /> <b>のが、今の国際的な放射線についての許容の線量限度の値</b>・・・。<br /> <b>それをもとに、・・・・国際的な科学的な議論の結果</b>、その科学的な議論だけで<br /> なくて、そういう意味では <b>社会的なものも含めて、国際的な基準として設けられたもの</b><br /> <b>をもとに、私ども 実際の行政の法律の中にそれを落とし込む作業</b>・・・ 」<br /> <br /> <br /> <br /> </div> |
| 2010-3-9 21:51 |
混沌の時代のなかで、真実の光を求めて
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弥生時代(9) 後期③
<div class='wiki'>
<pre class='wiki'> 弥生 後期 ( 50 ~350 ) </pre> </div> <br /> <div class='wiki'> 3C前半までは 明瞭な地域特性をもつ墳墓が、吉備・山陰などの地域ごとに形成されるが、<br /> 3世紀中葉になると、そうした地域的特色の強い墳丘墓に代わり、大規模で 画一化した内容を<br /> もった墳丘墓が 西日本各地に現れる。<br /> それらの中で最大のものが、箸墓古墳(280mの前方後円墳)。 埋葬施設は 竪穴式石室<br /> で、副葬品も 大量の鏡と武器や農工具といった呪術的色彩の強いものだ。<br /> 竪穴式石室はこの段階で始めて登場し、こうした 画一的な大型墳丘墓は西は 北部九州から<br /> 東は近畿までの西日本各地に及んでいる。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> これは、すでに弥生時代後期に地域的まとまりを形成していた 各地の政治集団相互の間に<br /> より広域の政治的連合形態が成立したことの表れであろう。<br /> 大規模な出現期古墳が見られるのは、畿内に次いで吉備、そして九州北部の豊前(大分北部)。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> それに対し、大量の漢鏡を副葬した墓が営まれた玄海灘沿岸地方では、この期間 それほど<br /> 大規模な古墳は見られない。<br /> この事は、広域の政治連合が 玄海灘地方を除いて形成されていた事を証明する。<br /> </div> <br /> <br /> <div class='wiki'> <b>弥生後期、列島の各地域で 武器の金属化が進み、石製武器は 次第に減ってくる</b>。<br /> 特に 金属化の早い北部九州では、中期後半から普及し始めていた短剣や短刀の増加で、<br /> 後期には 石製の衝撃武器はほとんど姿を消す。<br /> 中国・四国や近畿以東でも、磨製・打製の石剣が残るのは、ほぼ後期前半までで、後期後半には<br /> 墳墓の副葬を中心として、鉄製の衝撃武器が <tt>短兵</tt>を主として急増する。<br /> 特に多いのは 短剣で、九州から関東まで 広範に分布するが、北部九州や山陰・北陸ではそれに加え <tt>長刀</tt>が目立ち、中国舶載(?)の素環頭大刀やその加工品が認められる。<br /> 鉄製の長兵は、中期後半~後期初頭に <tt>鉄戈</tt>が、後期には <tt>鉄矛</tt>がみらる。前者は実用不可能<br /> な大型祭器とされ、後者は 希である。<br /> 青銅製の長兵も、北部九州の銅矛と銅戈は すでに中期広範囲実用性を失って祭器として<br /> 特化したが、後期に入ると ますます肥大化し、分布域を広げた。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 山陰や中部瀬戸内・東部瀬戸内に分布していた<tt>銅剣</tt>や近畿の<tt>銅戈</tt>は、後期に入ると <br /> 衰退。そして これ以降、山陰や瀬戸内では 青銅製の祭器自体が あまり見られなくなり、<br /> 近畿や東海では、武器形の青銅器ではなく <tt>銅鐸</tt>が大型化、後期後半にかけて最盛を迎える。<br /> <b>※</b> <a href="http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~maibun/contents/6_sites_in_kochi/contents/2_column/contents/4_seidouki/index.htm" target="_blank">土佐の青銅器</a><br /> 中期後半以降 普及過程に入った<tt>鉄鏃</tt>は、後期になり ますます増加、<tt>銅鏃</tt>は、<br /> むしろ後期に入って 急速に増加し、鉄鏃及び一部に残る磨製石鏃とともに 実践用の投射武器<br /> として用いられる。特に <tt>鉄鏃の少ない近畿中央部の大和盆地から近江盆地・東海にかけ、</tt><br /> 鉄鏃を補う形で相当量の普及が認められる。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> この時期から木製の甲や置き盾の出土例が 増加し、本格的な野戦を可能とする戦闘集団の<br /> 組織化が進んだ可能性もあり、戦術や戦闘の方法は よりダイナミックになったか?<br /> また衝撃武器への鉄の採用は、青銅以上に長く強靭な刃部の制作を可能にし、総じて武器の<br /> 殺傷能力はさらに進歩?<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> また、中期 広範に顕著に見られた 武器の組成・材質・形態の地域ごとの多様性が薄れ、<br /> 共通の形態を持った鉄剣・鉄刀及び銅鏃・鉄鏃からなる普遍的な武器様式が、九州から関東<br /> までの列島の広い範囲に認められるようになる。 <br /> </div> <br /> <div class='wiki'> ◇ ◇ ◇ ◇<br /> </div> <br /> <br /> <div class='wiki'> <b>垣内(カイト)遺跡</b>(兵庫県淡路市黒谷) :<a href="http://osaka.yomiuri.co.jp/inishie/news/20100202-OYO8T00616.htm" target="_blank">弥生後期 最大の鍛冶(カジ)工房跡</a><br /> </div> <br /> <br /> <br /> <div class='wiki'> <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%B8%E5%A2%93%E5%8F%A4%E5%A2%B3" target="_blank"><b>纏向(マキムク)遺跡</b></a> (奈良県桜井市)<br /> 北は烏田川、南は五味原川、東は山辺の道に接する巻野内地区、西は東田地区<br /> その範囲は 約3k屐 地勢は、東が高く西が低い。三輪山・巻向山・穴師山など<br /> の流れが巻向川に合流する扇状地上にあり、三輪山の北西麓一帯に広がる。 <br /> 最盛期3C末頃~4C初の 当時 最大級の都市遺跡。 人の住む集落跡は未発見。<br /> 祭祀用と考えられる建物と土抗、弧文円板や鶏形木製品などの祭祀用具、物流<br /> のためのヒノキの矢板で護岸された大・小溝(運河)など。 頻繁に人々や物資が<br /> 集まったり箸墓古墳を中心とした三輪山などへの祭祀のための聖地か?<br /> 2世紀末に突然あらわれ、4世紀中頃に突然消滅。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> <a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BA%92%E5%90%91%E7%9F%B3%E5%A1%9A%E5%8F%A4%E5%A2%B3" target="_blank">纒向石塚古墳</a>/纒向勝山古墳/纒向矢塚古墳/東田大塚古墳<br /> /<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%82%B1%E3%83%8E%E5%B1%B1%E5%8F%A4%E5%A2%B3" target="_blank">ホケノ山古墳</a>/<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%B8%E5%A2%93%E5%8F%A4%E5%A2%B3" target="_blank">箸墓古墳</a>など 20数基の古墳がある。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> @ 弥生時代から古墳時代への転換期の様相を示す重要な遺跡。<br /> 現在、邪馬台国畿内説を立証する遺跡ではないかとして注目を浴びている。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 縄文 後・晩期の 粗製土器片やサヌカイト片に混って砂岩製の石棒破片、土偶や<br /> 深鉢などが遺跡内より出土。この地に縄文時代の集落が営まれていた?<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 銅鐸の破片や土坑が2基だけで、弥生時代の集落・環濠は発見されていない。<br /> 農業用の大型水路や無数の土坑の中には、三輪山祭祀に関する遺物が多数投げ捨て<br /> られており、石塚古墳の周濠からは 吉備系の祭祀遺物・弧文円板が出土。<br /> ピークの過ぎた4C末の埴輪。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> この遺跡より南に少し離れた所からは 弥生中・後期の多量の土器片が出土。<br /> 方形周濠墓や竪穴住居なども検出。<br /> 3世紀を通じて搬入土器の量・範囲ともに 他に例がないほど。<br /> 出土土器全体の15%が 駿河・尾張・伊勢・近江・北陸・山陰・吉備などで生産<br /> された搬入土器で占められ、西日本の中心的位置を占める遺跡であったか?<br /> また、祭祀関連遺構では その割合は30%に達し、人々の交流センター的な役割を<br /> 果たしていたことが窺える。<br /> </div> <br /> <br /> <div class='wiki'> ※ 3世紀初頭から中頃に 三輪山麓( 大和・柳本古墳群 )に築かれた倭王国の陵墓は、<br /> 4世紀中頃に 奈良盆地の北の佐紀古墳群に移り、4世紀後半から5世紀に古市古墳群<br /> ・百舌鳥古墳群など河内平野に移る。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> ホケノ山古墳<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> <b>箸墓古墳</b>(奈良県桜井市箸中)<br /> 箸中古墳群の盟主的古墳であり、出現期古墳の中でも最古級の 3C半ばすぎの大型の<br /> 前方後円墳。 建造時期や大きさなどから、卑弥呼の墓( 没年248年頃 )に見立てられる<br /> ことも多いが、<a href="http://www.din.or.jp/~washi/yamataikoku/paper/paper21.html" target="_blank"><tt>未だその確証は無い。</tt></a><br /> ▼ <a href="http://kyushu.yomiuri.co.jp/news-spe/20090512-687307/news/20090531-OYS1T00346.htm" target="_blank">箸墓古墳「卑弥呼の墓」有力に? 死期と築造重なる 2009 5/29 読売新聞</a><br /> 現在 宮内庁が 第7代孝霊天皇皇女、倭迹迹日百襲姫命大市(ヤマトトトヒモモソヒメノミコトオオイチ)<br /> 墓として管理し、研究者や国民の墳丘への自由な立入りが禁止されている。<br /> @ 倭迹迹日百襲姫命:『日本書紀』では 崇神天皇の祖父孝元天皇の姉妹。<br /> 大市は古墳のある地名。『古事記』では、夜麻登登母母曾毘売<br /> (ヤマトトモモソビメ)命。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 前方部が 途中から撥(バチ)型に大きく開いており、前方部正面は 現状より拡がって<br /> いた。 前方部の先が撥型に開いている他の古墳は、<br /> 養久山(ヤクヤマ)1号墳(兵庫県揖保川町)、権現山51号墳(兵庫県)、<br /> 椿井大塚山古墳(京都府山城町)、浦間茶臼山古墳(岡山市)など<br /> ※ 浦間茶臼山古墳は 箸墓古墳の1/2の相似形。ただ、前方部の頂の形は<br /> 横長の長方形と台形の違いがある。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 現状での規模は、墳長 約278m、後円部は 径約150m、高さ 約30m。<br /> 前方部は、前面幅約130m 高さ約16m。<br /> 周辺地域の調査結果から、本来は もう一回り大きかった。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> <a href="http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090915/acd0909152200003-n1.htm" target="_blank">墳丘の裾に幅10mの周壕と さらにその外側に幅15m以上の外堤があった</a>。巨大な<br /> 前方後円墳は、その最古の時期から周壕を持っていた。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> 後円部は、四段築成で、四段築成の上に小円丘( 径約44~46m、高さ4mの土壇、<br /> 特殊器台が置かれていたか? )が のったものする研究者(近藤義郎等)もある。<br /> 前方部は、側面の段築は明瞭ではないが、前面には 四段の段築があるとされる。<br /> ※ 5段築成(4段築成、後円部に小円丘)は 箸墓古墳のみ。4段築成(3段築成で、<br /> 後円部に小円丘)は 西殿塚古墳(大和古墳群)、行燈山古墳(柳本古墳群)、<br /> 渋谷向山古墳(柳本古墳群)、桜井茶臼山古墳(鳥見山古墳群)、メスリ山古墳<br /> (鳥見山古墳群)、築山古墳(馬見古墳群)等。<br /> 他の天皇陵クラスの古墳は 全て3段築成(後円部も前方部も3段築成)とされる。<br /> 被葬者の格付けを表したか?<br /> <br /> 前方部先端の北側の墳丘の斜面には、川原石を用いた葺石があった。<br /> この時期には 埴輪列は まだ存在していないが、宮山型特殊器台・特殊壺、最古の埴輪<br /> ・都月型円筒埴輪あり。<br /> <br /> 箸墓古墳よりも古い纒向石塚墳丘墓などの突出部と前方部との形状が類似しており、<br /> 周溝に渡り土手を備え、周濠が墳丘の規模に比べ狭いことなどから、弥生時代の墳丘墓が<br /> 飛躍的に巨大化し、弥生墳丘墓の諸要素を継承したものであると考えられる。<br /> </div> <br /> <div class='wiki'> ▼ <a href="http://blogs.yahoo.co.jp/kyomutekisonzairon/MYBLOG/comment.html?p=2" target="_blank">四世紀初めの木製輪鐙 乗馬 定説の50年前から?</a><br /> </div> |
| 2010-3-9 16:58 |
西蔵坊だより
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地区総代会
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201003/09/88/b0029488_16392480.jpg" border="0" width="472" height="260"/></center><br/>
<br/> 当寺の場合、昔からの門徒さんの在所は3市にまたがっておおよそ17ヶ所あります。"おおよそ"というのは、それぞれの地域の成り立ちや地区割を説明しきる確固たるものがなく、昔からそうなっているとしか言いようのない部分があるからです。<br/> <br/> 本願寺新報の連載『教学シンポジウム・お育ての世界-「真宗の土徳」から探るー」の第4回目(3月1日号)は、"土徳の原動力は「講」"と題した記事でした。<br/> <br/> "現代人の感覚からは、少し理解しがたいような門徒の信仰の姿を「真宗門徒の民俗」"として<br/> 研究された同朋大学の蒲池勢至先生の話を興味深く読みました。<br/> <br/> 「信仰は個人から個人ではなく、地域共同体の中で継承され、その雰囲気が土徳といわれた。各地の講こそ、門徒同士が守ってきた地域共同体であり、そこでみ教えが継承されてきた。」<br/> <br/> 「講を現代の私たちがどのように評価し、どのように守っていくべきなのか。あるいは消えていくものなのか。大きな課題であるが、一人一人が真宗門徒として-中略-何を引き継いでいくのかを確かめなければならない。」<br/> <br/> 当地域の場合、地域共同体がそのまま『講』とはいえないこと、また、旧来の地域共同体に属さない門徒さんのことを考えると、蒲池先生のことばをそのまま受け入れられる状況ではありませんが、その視点には大いに共感しています。<br/> <br/> ボクとしては、寺そのものが、ゆるい『講』になっていくことをめざしていこうと思っています。<br/> <br/> そう言う意味で、地区総代会に集まられた方々の様々なことばの中に、うまく表現はできないのですが何か安堵するものがあり、うれしい会議でした。<br/> <br/> <br/> <br/> <br/> <br/> 【 1年前の今日のblog 】<br/> 【 2年前の今日のblog 】<br/> 【 3年前の今日のblog 】<br/> 【 4年前の今日のblog 】<br/> 【 5年前の今日のblog 】<br/> <br/> <br/> |
| 2010-3-9 7:15 |
真の知識にあうことは
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お念仏でございます
不思議ですね。
有り難いですね。 阿弥陀さまの直々の仰せより人の言われることのほうが確かだということはないので、 阿弥陀さまから直接お聞きになられたらよいと思います。 私の心のものだったら全部間違いですが、 私の所作、造作は否定され切ってしまっていると申しますか、任せたのではなくて、任せ切らさせられたのです。往生はなげた、おかるさんでしたか、いい得て妙と思います。満ち足りたとなげたは同時と思います。 たのむ心もくださるものなので、私のものになるようなものではありませんでした。 今届いてくださる南無阿弥陀仏は阿弥陀さまのまことに他ならなかったのです。 他に二つとありませんので、本物か偽物かなんて心配がありません。 |

