① 昔々のインド・・・お釈迦様の時代。
お釈迦様のお弟子さんに、目連さんというお坊さんがいました。
とても、かしこいお坊さんで、仲間から慕われ
お釈迦様からも大変信頼されていました。
② 目連さんは、お釈迦様の教えを一生懸命修行したので、神通力が使えました。空を飛んだり、千里も離れたものを見ることができたり、体を大きくしたり小さくしたり・・いろんな術が使えたのです。
③ 夏がやってきて、雨期が近づいてきたある日のこと・・。
「ああ・・また、雨期がきたな・・、去年の雨期に亡くなったお母さんは、今、どうしているだろう?」
目連さんは、大好きだったお母さんが、今どうしているのか、とても気になりました。
④ そこで、神通力で見に行くことにしました。
まずは、極楽浄土を見に行きました・・・・お釈迦様のように悟った仏様がいっぱいいらっしゃいます。・・・でも、そこにお母さんはいません・・
「おかしいなぁ~」
それでは・・と、今度は、神様のいる天界を見てみます・・でも、ここにもお母さんはいません。
「あれあれ、おかしいな~。どこにお母さんはいるんだろう?」
それからも、いろんなところを見て回りました・・・・すると・・
「お~いっ!お~いっ!目連や~っ!目連や~!」
・・と、目連さんを呼ぶ声がします。
⑤ 見ると、一匹の醜く汚い餓鬼が、目連さんを呼んでいるのです。
「目連や~私だよ~、おまえのお母さんだよ~」
なんと、お母さんは餓鬼になっていたのです。
「おなかがすいたよ~喉が渇いたよ~苦しいよ~」
⑥ 目連さんは驚いて、すぐにおかゆを持ってきました。
・・・でも、お母さんが口までは運ぶと、火がついて燃えてしまいます。
「おなかがすいたよ~喉が渇いたよ~苦しいよ~」
「僕では、お母さんを助けられない!待ってて下さい!今、お釈迦さまのところに行ってきます!」
⑦ 「お師匠様!なんで、あんなに優しかったお母さんが、餓鬼にならなくてはいけないのでしょう?なんとか、お母さんを助ける事は出来ないでしょうか?」
すると、お釈迦様は、優しく、そして厳しく仰います。
「お前の母親は、たしかに、お前にとって、とても優しい良い母親だったかもしれない。でも、お前を想うがあまり、生前中、わずかに得た食べ物やお金を、全部お前の為だけに使ってしまった。他の人に施すということをしらなかった。だから、餓鬼道におちてしまったんだよ・・」
⑧ 目連さんは、悲しくて悲しくてどうしょうもありません。
生きている間、お母さんは、なにも贅沢していません。苦労ばかりの一生でした。一生懸命一生懸命働いて、目連さんを育ててくれたのです・・。
しかし、そのために、死んだ後も苦しまなければならないとは・・。
「お師匠様。お母さんは自分のご飯がなくても、私にご飯を食べさせてくれるような、優しい優しい母親だったのです。なんとか、御救いください。」
⑨ 「目連よ。それでは、この夏の雨期の時期・・三つの宝を大切にするのだ。三つの宝とは仏・法・僧だよ。いいかい?」
「お釈迦様。三つの宝を大切にするなんて、初心者の一番最初の教えではないですか?そんなことで良いのでしょうか?もっと立派な修行はないのでしょうか?」
お釈迦さまは、しずかに、もう一度仰います。
「いいかい?一生懸命するんだよ・・・。」
⑩ 目連さんは言われた通り、夏の雨期の時期、一生懸命に三つの宝を供養します。
お釈迦さま、つまり「仏」を供養します。
仏の教え、「法」を供養します。
教えの仲間「僧」を供養します。
⑪ そして、雨期の最後の日・・その日の修行を終えると・・
お母さんが、餓鬼の姿から一変っ!
美しい姿になって浄土へのぼっていくのが見えました!
目連さんも、仲間たちも、みんな大喜びです。躍り上がって喜びました。
⑫ 「さて、目連よ。私が、なぜ、お前のように優れた弟子に、初心者がする修行を命じたか分かるかい?
それは、それが、お前の母親の願いだったからだ。
お前の母親は、お前が神通力を身につけて、仲間からは尊敬され、思い上がった人間になりはしないかと、心配で心配でしょうがなかったのだ。だから、本当は最初から極楽浄土で仏陀となったにも関わらず、お前の為に、あえて餓鬼になってまでして現れ、お前に素直な心と、三つの宝を供養する大切さを教えてくれたんだよ。そして、それを果たし、安心して、また浄土へ帰って行ったのだ。」
「ああっ、お師匠様。お母さんは、死んだ後も、ずっと私のことを導いて、今も、育ててくれているんですね。私は、危うく、むなしい一生を過ごすところでした!これからも、一生懸命修行いたします。」
みなさん。
御盆はお母さん、お父さん、そして御先祖さまを想って、普段より一生懸命、仏様の教えを聞きましょう。
おしまい。
(典拠『仏説無量寿経』第22願・還相回向願成就)
※この雨期の期間が、仏教では安居(あんご)といいまして、修行期間になります。これが、日本のお盆の時期に当たるので、父母先祖への孝養を表す行事となったという事です。
ちなみに、お盆の正式名称、盂蘭盆というのは、サンスクリット語、ウッランバナーの音訳。「逆さ吊りの苦しみ」という意味。
目連さんのお母さんが、生前中、正しく物事を見れなくて(逆さに見て)苦しみを受けたという事からきています。⑦のトコですね。
このお話の後半は、あくまで僕の私釈です。
本来は、「目連さんの修行の功徳でお母さんが救われた」ってお話です。
でも、「救われたのは目連さんの方だった」っていう方が、僕の中でしっくりきます。
長文、ご高覧いただきまして、感謝ですm(_ _;)m